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仙台地方裁判所 昭和61年(ワ)1153号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

松沢陽明

角山正

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

三輪佳久

高橋定昭

横尾新一

古川盛悦

片根義晴

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三五万円及びこれに対する昭和六一年九月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和六一年九月二日、仙台地方裁判所に賍物運搬罪により起訴され、同日同裁判所裁判官がなした勾留の裁判により仙台勾置支所に勾留された者であるが、右勾留の裁判と同時に接見等禁止の決定を受け、接見及び寝具・衣類を除く書類その他の物の授受が禁じられ、かかる状態は右接見等禁止の決定が準抗告により同月九日取消されるまで継続した。

他方被告は、仙台拘置支所に公権力の行使に当たる公務員として、舎房担当職員等の職員を配置している。

2  原告は同月三日午前一〇時頃、仙台拘置支所舎房担当職員(以下単に「拘置所職員」という。)に対し、自弁購入の認められている便箋、ノート、ボールペン、石鹸等の日用品や筆記具並びにパン、牛乳、缶詰、果物等の飲食物の購入を申込んだところ、前記接見等禁止決定の存在することを理由に拒絶されたため、東京や千葉の拘置所の取扱と違うと抗議し、房内に張出されていた自弁物品販売品のリストを指して、これらの品物は買えないのかと問いただしたが認められず、結局購入することができなかった。原告は、拘置所職員による右自弁物品購入禁止の措置(以下「本件措置」という。)のため、接見等禁止決定が取消されるまでの間、日用品やパン、牛乳等の飲食物を何も購入することができなかった。

3  しかし、拘置所職員による本件措置は以下の理由により違法であり、同職員には故意または過失がある。

(一) 自弁物品購入と差入は監獄法施行規則一四四条、一四五条、一四八条等の規定においても明白に区別されているところ、刑事訴訟法八一条の接見等禁止の趣旨は、外部の者からの差入を制限することにあるのであるから、差入に該当しない自弁物品購入を禁止した本件措置は違法である。

(二) 接見等禁止の裁判にあっても、刑事訴訟法八一条但書により糧食の授受を禁止することはできないのであるから、原告の飲食物の自弁購入を禁止した本件措置は違法である。

4  原告は前記のとおり、本件措置により昭和六一年九月三日から同月九日まで筆記具、日用品、飲食物の購入を禁止され、それにより受けた精神的苦痛を慰藉すべき金額として金三〇万円を下らない。また、本件訴を提起するために必要な弁護士費用は金五万円である。

5  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき金三五万円及び不法行為終了の日である昭和六一年九月九日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中原告が拘置所職員に対し自弁による購入を申出た際具体的な品目を指定した点は否認し、その余は認める。

3 同3及び4は争う。

(被告の主張)

1 刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)八〇条によると、勾留されている被告人は弁護人等以外の者と「法令の範囲内で、接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。」と規定されているところ、右の「法令」とは監獄法、同法施行規則等の監獄法令を意味する。しかして、監獄法は、被告人が外部の者と物の授受を行なう方法として、(1)自己の領置金を使用して購入する自弁(同法三三条、三五条)、(2)在監者の請求により領置物を送付する宅下げ(同法五二条)、(3)外部の第三者から在監者へ物を差入れる差入(同法五三条)の三種類に限定しており、刑訴法八〇条の授受の方法も以上の三種類を指すと解すべきである。そうすると、刑訴法八一条は、同法八〇条で認められた被告人と弁護人以外の者との接見や物の授受を禁止する趣旨に基づくものであるから、同法八一条によって禁止される物の授受の方法も以上の三種類を指すと解さなければならない。

したがって、接見等禁止の裁判により自弁購入も制限されることになるのであるから、単に授受とは差入のみを指すとして、本件措置が刑訴法八一条に反し違法であるとの原告の主張は失当である。

2 刑訴法八一条は「糧食」の具体的内容について直接規定していないが、前述のとおり同法八〇条の「法令」とは監獄法令を意味すると解されるところ、同法八一条但書の「糧食」も監獄法令におけるそれと統一的に解釈されるべきである。しかして、監獄法上三五条により刑事被告人に対する糧食の自弁が認められているが、同法施行規則九四条一項によれば、糧食とは主食及び副食とされている。即ち、糧食とは在監者の健康を保持するうえで必要な基本となる食料を意味するのであり、刑訴法八一条但書の「糧食」も同様に解すべきである。

本件において原告に対してなされた接見等禁止決定は、「刑事訴訟法第三九条一項に規定する者以外の者との接見を禁止し、又物(但し寝具、衣類を除く。)および書類の授受を禁ずる。」という内容のものであり、糧食即ち主食及び副食以外の飲食物は、右決定により、禁止の対象から除外されていない。

したがって、糧食として指定されている物品(種類及び分量について施設長がその裁量により決定する(監獄法三五条、五三条一項、同法施行規則九八条)。)は購入可能であるが、それ以外は接見等禁止決定により許されないとした本件措置が、刑訴法八一条但書に反し違法であるとの原告の主張は失当である。

三  被告の主張に対する認否及び原告の反論

(認否)

いずれも争う。

(原告の反論)

1 自弁とは在監者等の使用する衣服、寝具や食事を官給物とするか在監者等の私物を許すかの区別による概念で、宅下げや差入とはまったく異なるものであり、刑訴法上の「物の授受」に含めることはできない。

また、刑訴法八〇条、八一条の「接見」や「物の授受」は監獄外部の者との接見や物の授受を意味するのであり、監獄内において販売されている物品の自弁購入は、罪証隠滅や逃亡の虞れと何ら結びつかず、同法八一条による制限の範囲外の行為である。

2 監獄法令は、被拘禁者に対する国の義務としての給養内容を確定するという行政上の必要から、糧食を主食及び副食として制限的に解しているが、刑訴法八一条但書の趣旨は、食べる楽しみは奪わないという人道上のものであるから、糧食についてそのように制限的に解する必要はなく、糧食とはまさしく飲食物にほかならないと解すべきである。

四  原告の反論に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、即ち原告に対して昭和六一年九月二日起訴がなされたこと、同日原告に対し勾留及び接見等禁止決定がなされ、原告が仙台拘置支所に勾留されたこと、右接見等禁止決定が同月九日準抗告により取消されたこと、被告が公権力の行使に当たる公務員を仙台拘置支所に配置していること、同2の事実中原告が同月三日拘置所職員に対し自弁購入の認められている日用品や筆記具並びに飲食物の購入を申し込んだこと、前記接見禁止決定の存在することを理由に右申込が拒絶されたこと、原告が東京や千葉の拘置所の取扱いと違うと抗議したが認められなかったこと、このため原告は接見等禁止決定が取消されるまで日用品や飲食物を何も購入することができなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件措置の違法性について判断する。

1  原告は、第一に、本件措置は差入に該当しない自弁物品購入を禁止したものであるから、刑訴法八〇条に反し違法である旨主張する。

そこで、まず刑訴法八〇条についてみるに、同条によると、勾留されている被告人は「法令の範囲内」で弁護人等以外の者と接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができると規定されているところ、右「法令」とは具体的には監獄法、同法施行規則等の監獄法令を意味することは明らかである。したがって、被告人に対しては、その規定する範囲内で、即ち監獄法令の制限内で接見及び授受が認められるものというべきである。

ところで、監獄法三三条は被告人の衣類及び臥具を自弁とし、更に同法三五条は被告人の糧食の自弁を認めているが、右の自弁とは官物を供用するといういわゆる官給主義と異なり、被告人に官物によらずに自己決定乃至選択の自由を与えるものであり、その意味では原告が主張するように、自弁は官給主義に対立する概念ということができる。しかし、自弁の場合は、同法五一条の携有物の使用のほか領置金による購入が認められるところ、自弁の許される物については差入も認められ(被告人につき同法施行規則一四四条)、更に差入の扱いについて自弁に関する規定が準用されるのであるから(同法施行規則一四五条)、手続の内容自体は異なるとはいえ、監獄法上自弁は差入と並んで、外部から物品を入手する方法として規定されているといわなければならない。

したがって、被告が主張するように、監獄法上被告人が外部の者と物の授受を行う方法としては、(1)自弁(同法三三条、三五条)及び(2)差入(同法五三条)のほか、(3)宅下げ(同法五二条)を含めた三種類が存することになり、刑訴法八〇条の授受も右の三種類を指すことになる。しかして、刑訴法八一条は同法八〇条を前提として、同条により認められた監獄法令の範囲内での被告人と弁護人以外の者との接見や物の授受を禁止する趣旨の条文であることは明らかであるから、同法八一条の「授受」は、同法八〇条の「授受」と同様に解釈されるべきであり、それゆえ、自弁は刑訴法八一条による禁止の対象となると解さなければならない。してみると、自弁を授受の方法に含めない原告の主張は刑訴法及び監獄法の解釈を誤ったものというべきである。

また、原告は、監獄内で販売されている物品の購入は、罪証隠滅や逃亡の虞れと結びつかないのであるから、そもそも刑訴法八一条による制限の範囲外の行為である旨主張するが、一般に差入の方が自弁よりも罪証隠滅や逃亡の危険性が高いとは解せられても、自弁による危険性それ自体を当初から否定することはできないというべきである。成立に争いのない乙第二号証によると、本件の接見等禁止の一部解除決定の際、原告の申請した品目につき仙台拘置支所内で購入する自弁購入のものに限って解除が認められているが、かかる接見等禁止の一部解除決定は、裁判官が自弁購入による一般的な罪証隠滅の虞れを肯定したうえで、申請された物品の自弁購入の場合につき、個別に罪証隠滅の虞れの程度を判断して決定したことの証左と解するのが相当である。

してみると、原告に自弁購入を認めなかった拘置所職員の本件措置が刑訴法八〇条に反し違法であるとする原告の主張は、失当であるといわなければならない。

2  次に、原告は、本件措置は刑訴法八一条但書により禁止することのできない糧食の授受を禁止したのであるから、同条但書に反し違法である旨主張する。

そこで、まず刑訴法八一条但書についてみるに、同条但書は「糧食」の具体的内容について直接規定していないが、同条但書の趣旨は、罪証隠滅又は逃亡の虞れがあって接見又は物の授受を禁止する場合であっても、監獄法で認められた糧食の自弁購入や差入を禁止したり、糧食を差押えることは、被告人の人身の保護の見地から相当ではないとするところにあると解すべきである。

しかして、前述のとおり、同法八〇条の「法令」が監獄法令を意味するところ、監獄法三四条によると、糧食は監獄が支給するという官給主義が採用されているが、被告人については、かかる官給主義の例外として同法三五条により糧食の自弁の許可が定められている。そして、更に、監獄法施行規則九四条一項が糧食の具体的内容として主食及び副食を明示して、その総熱量を定めており、結局糧食とは在監者の健康を保持するうえで必要な基本となる食料を意味し、いわゆる間食は含まれないことになるのである。このように、監獄法令が糧食の支給、更に糧食の具体的内容について規定し、刑訴法八一条が同法八〇条を当然の前提とする以上、同法八一条但書の「糧食」の意義内容も、監獄法令におけるそれと同様に解釈されなければならないのは当然である。このように、同条但書の「糧食」は、在監者の健康保持に直接関係の薄い嗜好品乃至飲食物とは別個の概念であって、そうであるからこそ、同条但書は拘禁された被疑者及び被告人に対しては、監獄法上の糧食、即ち在監者の健康保持に必須の主食及び副食の授受の禁止や差押をすることができないと規定しているのである。そして、このような解釈は、被告人の人身の保護を目的とする刑訴法八一条但書の趣旨にも合致するところである。

本件において原告に対してなされた接見等禁止決定は、成立に争いのない乙第一号証によると、「刑事訴訟法第三九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁止し、又物(但し寝具、衣類を除く。)および書類の授受を禁ずる。」という内容のものであり、糧食は刑訴法八一条但書により当然制限できないが、それ以外のものである飲食物は接見等禁止の対象から除外されていない。しかも、原告本人尋問の結果によると、拘置所職員も糧食は自弁購入できるが、飲食物は嗜好品であって接見等禁止決定により購入できないと述べていたことが認められ、本件措置が前述した刑訴法八一条但書の解釈に基づいてなされたことは明らかである。

してみると、飲食物も刑訴法八一条但書の「糧食」に含まれるとする原告の主張は刑訴法及び監獄法の解釈を誤ったものであり、拘置所職員が糧食として指定されているカツ丼、チャーハン等は購入可能であるが、それ以外については接見等禁止決定に抵触し許されない旨告知し、飲食物の自弁購入を禁止した本件措置は、同条但書に反するものではないといわなければならない。

もっとも、自弁または差入に係る糧食乃至飲食物の種類及び分量については施設長がその裁量により決定することとされており(監獄法三五条、五三条一項、同法施行規則九八条、一四五条)、当該施設における自弁及び差入業務に関する事情、業者の状況その他施設の管理運営上の問題等を総合的に勘案して施設長が決定しているところであるが、施設長が右裁量の範囲を逸脱すれば拘置所での処遇内容が違法としての評価を受けることになるので、仙台拘置支所を所管する宮城刑務所長の決定及び処遇の内容を検討する。

〈証拠〉によると、同所長は糧食の自弁につき、営業として自弁物品の販売または取扱をする部外の民間業者(いわゆる差入業者)を指定して(「未決拘禁者ニ対スル自弁物品取扱規則」(昭和三年三月九日付司法省令一号)一条参照)、中華飯、カツ丼、親子丼、玉子丼、カレーライス、チャーハン、タンメン、もりそば、肉うどん、肉そば、天ぷらうどん、天ぷらそばの一二品目につき、毎食一食に限り、昼食と夕食のみ、日曜日及び休祭日を除いて毎日午前に受付け、翌日(土曜日受付分については月曜日)に交付し、他方糧食と異なって健康保持に直接的な関係が薄く、嗜好品的要素が強い牛乳、コーヒー、チョコレート、アンパンなどの品目を飲食物として指定し、財団法人矯正協会宮城刑務所支部の売店(前記「未決拘禁者ニ対スル自弁物品取扱規則」二条参照)からの自弁購入乃至差入を許可していることが認められる。右に認定した糧食及び飲食物の区別、その内容、種類、交付の回数等同所長の定めた内容は、施設の管理運営上も十分合理性があるものと認められ、そうすると、本件措置は社会通念上著しく妥当を欠き裁量権を逸脱したものであるということはできず、これを目して違法の措置ということはできない。

3  なお、原告は本件措置は、仙台中央警察署並びに東京及び千葉両拘置所の取扱と異なり不当であると主張するので、この点についても判断しておく。

〈証拠〉によると、原告は、昭和六一年八月一四日に代用監獄仙台中央警察署留置場を勾留場所として起訴された翌月二日まで勾留され、その際仙台簡易裁判所の裁判官のなした接見等禁止決定を受けていたが、その間連日のように牛乳、野菜いため等を自弁購入していたこと、更に、原告の主張するとおり、東京拘置所や千葉刑務所では日用品及び飲食物の自弁購入は禁止されていなかったことが認められる。

しかし、かかる取扱の差異は、自弁購入の可能な物品の種類に関しては、施設長が決定するに際して勘案する当該施設における管理運営上の事情の差異に、そして、拘置所間の差異に関しては、施設長がそれぞれ従うべき接見等禁止決定の文言の具体的内容の差異(前掲乙第六号証の二、三によると、東京地方裁判所及び千葉地方裁判所においては、いずれも「被告人と刑事訴訟法第三九条第一項に規定する者以外の者との接見及び文書(新聞・雑誌・書籍を含む)の授受をすることを禁止する。」との接見等禁止決定がなされ、日用品及び飲食物が禁止の対象に含まれていないことが認められる。)に基づくものと解せられ、このように、代用監獄及び各拘置所間で取扱が異なることに問題があるとしても、かかる差異をもって本件措置の違法性の根拠とすることはできないというべきである。

以上のとおりであって、本件措置は何ら違法でないものといわなければならない。

三よって、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮村素之 裁判官水谷正俊 裁判官小川秀樹)

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